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--- サマーエンデュランスカーニバル・2003 もてぎオープン7時間耐久ロードレース ---
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2003年8月29日(金)  【公式予選】
天気:晴 / 最高気温:31.9℃ 最低気温:21.5℃(宇都宮)

いきなりですが

もう予選を走る時間なので・・・。

ふぅ〜。

走り終わりました。

予選採択タイムはイプーさんが出してくれるので、
私のタイムは予選順位とは関係ありません。

2分29秒810で、予選B組第1ライダー56台中53位。

流行りモノ

乳首を立てている黒龍さん。
(すいません、内輪ネタです。)

ステッカーチューン

StanhopeとFBSを均等割付したら、間延びしちゃいました。
隙間にPIRELLIを貼ったら、丁度良くなりOK!

監督&ヘルパー

JACKpapaさんの奥様、Aチーム監督のヒロちゃん。
と、私の奥様、Bチームヘルパーけいちゃん。

奥の赤いテントがOMEGAさんの陣地です。

予選A組、第2ライダー

黒龍さんが予選に挑みます。

右後ろに写っているマシンは、
ベストデザイン賞を受賞したCBRです。

[640×480]

BSCのこんどうさん

こんどうさんは、ノーマルのR100GSでACTに参戦したりしています。
仲間内では「ゲテモノ乗り」などと呼ばれるそうですが、我々サンデーレースファンにとっては たまらない魅力があるんです。

モトパークの皆さん

ライダーは、アッシーさん、社長、なおさん、くぼたさん。

恒例のプール

レースウィーク中、
プール遊びが出来たのはこの日だけでした。

mimiさん、すっかり子守りをしていただいちゃって
ありがとうございました。

ここで一句
「チェッカー後 プールがあったら 注意しよう」
(この場合、“プール”が季語になります。)

アッシーさん

いい天気でしたね。>金曜日

ユウさん、mimiさん

OMEGAから“もて耐”初参戦のユウさん。

by JACKpapa

そして本気で7耐を目指すのなら、歌って(イジって)踊れる(乗れる)マルチ 人間が一人、どうしても必要不可欠でした。 さらにBoxer Trophy優勝経験者で・・・ そうなると選択肢は絞られる、と言うよりにしだくんしか居ませんでした。
ならば善は急げと、すぐに「8月最後の週末は空けておくように!」と懇願し、 そして本人がアレコレと悩み出す前にたたみ掛けるべく、追い討ちの電話を かけまくり、快諾?をいただいたのでした。 最終的なやりとりは以下のとおり。

私 「どう?結論は?」
彼 「オッケ〜大丈夫っす!」
私 「よっしゃ、みんなで楽しい夏を過ごそうぜぇ〜」
彼 「でもタイム出なかったら怒るよね?」
私 「大丈夫、大丈夫」
彼 「ホントは怒るでしょ?」
私 「そんな事ないって」
彼 「ちょっとは怒るでしょ?」
私 「平気だって、その分キミには作業がいっぱい待ってるんだから・・・」
彼 「頑張るっす!!」

正直なところ、始めはあまり乗り気ではなかったようだったけど、マシン作り ・練習走行と準備を進めていくうちに私以上に?ヤル気満々男へと変貌を 遂げてくれました。
そして8月も半ば、いよいよ準備が完了に近づいて来た頃、にしだくんと 電話で話しをした際に私は自身を追い込む発言をしたのでした。

私 「どう?準備は?」
彼 「だいたい完了っす!」
私 「だいたい?あと何が残っているの?」
彼 「もし、7耐に行けたらフロントスタンドも必要かなぁ〜なんて」
私 「もし?行けたらじゃないよ、行くんだよ!」
彼 「そっ!?」
私 「オレが連れて行く!」
彼 「ウッヒョ〜、メモしとこ・・・」

このセリフの真意はBBSにも書き込みましたが、崖っぷちに追い込まないと 力を出せない自分自身の逃げ場を無くし、奮い立たせる為の発言でした。
「連れて行く」根拠は、タイムが50%、残り50%は嘆願書の表現力に賭ける つもりでした。 この時点ではまだ練習走行で目標の12秒台も出ていなかったし、嘆願書の 下書きすら出来ていませんでしたので・・・ そして迎えた予選当日。

そらいろさんの猛ダッシュで好位置からスタートできた予選でしたが、前半は 前日にセッティングを変えたというフロントサスの手応えを探っているうちに 早くも遅いマシンが現れて来てしまい、思うようにタイムを出せませんでしたが それでもラスト2周でやっと、遅いマシンをかわしつつ目標の12秒台を記録 することができ、無事予選終了となりました。
コレで50%はクリア!

予選A組、第3ライダー

前の組(予選D組、第2ライダー)にチェッカーが振られると同時に、そらいろさんがマシンを押してダッシュします。
ピットレーンの前の方に並ぶと、予選を1周多く走れる可能性があるからです。

我々が使った30番ピットからピットレーン出口までは距離があるので、そらいろさんのダッシュはかなり過酷な仕事 だったと思います。ご苦労様でした!

にしださんのストレッチ

身体柔らかいですよね。

3月に始まって・・・

2003年3月8日のことは忘れません。
あの日、にしださんが筑波にいらしたのも
きっと運命なんでしょうね!

遂に「もて耐の予選」に並んじゃいましたね。

黒龍さん、毒蛇さん

ここにスワンがいましたか!

サインエリア

この日は暑かったので、サインマンの皆さんも大変だったでしょう。

Aチーム監督→Bチーム第3ライダー

5ヶ月ぶりに乗るバイクが、一度も乗ったことがない人のバイク。 しかも、それがもて耐の予選・・・。

ついひじさんには大きな負担を掛けてしまいましたね。
でも、ついひじさんが快諾してくれた時、私の迷いも吹き飛びましたよ。(^_-)

Aチームの監督は、ヒロちゃんにお願いしました。

by ついひじ

3月のボクサートロフィー以来、乗ったバイクはふりゅっげさんの チョイノリを1回だけというまったく練習していない状態で、 いきなりもて耐の予選を走るのは正直言ってかなり不安でした。
でも、リタイアだけはしたくなかった。結果はどうでもいいから、 とにかく走って走りきって、「無事に走りきったよ」って KEIさんに報告したかったから。

ABSをキャンセルしたSで走った経験もほとんどなかったので、 予選中はブレーキを掛けると必ずといっていいほどタイヤをロックさせてしまい、 ブレーキの感覚が全然つかめず。
ベストタイムは2分46秒902。

ちなみに、もてぎを初めて走ったのが2002年7月。
ウェットコンディションでベストタイムは2分43秒391。
体がぜんぜん動かないことに、落ち込んだりもしたけど、これが現実。 とにかく明日も無事に走りきろう。

脱獄!?

ライダー全員が無事に予選の走行を終え、ちょっと遅いお昼を食べに行きました。 パドックカフェが混んでいたので、ホテルツインリンクのレストランに 向かうところです。

運転席に私、助手席にヒロちゃん、後部座席?に8人、
全部で10人乗っています。

リッチにホテルでランチ!

FBSは何かと安価に済ませがちですが、ときには豪勢に振舞うこともあります。

そこに、そらいろさんから電話がありました。電話を切ってから、そらいろさんを 忘れて来たことが判明しました。
ゴメンナサイ、車に乗るとき「いないひと〜?」って聞いたんですが返事が なかったものですから・・・。(-_-;)

この頃、そらいろさんはコントロールタワーに行って大切な事務処理 をたった1人でしてくれていました。

by そらいろ

置いてけぼりを知った時、「歴史は繰り返される。」って、そりゃ思いましたさ・・・・。

そうです。その時私は、FBSチームの全予選が終了したので、皆と一緒にパドックJAYに向かって 歩いていました。昼食と言うには、かなり遅い時間帯でした。 夕方までに、ツインリンクの方と大切な話をする約束をしていたので、コントロールセンターは 隣だから食事の前に済ませておこうと思い、ひとり階上に昇っていきました。

そして、話を済ませてJAYに戻ってみると。 「んっ、店内にFBSメンバー誰もいないぞ。あっ、ふりゅっげさんの奥さんとお子さんだ。」

私:「みんなはー?」 
奥さん:「みてないよー。」

「あれっー。ピットに戻っちゃったのかなー?。」と、ピットに向かいトボトボと歩く私。 ピットに戻ってはみたが、誰もいない。「おっかしいなぁー?」困った。「皆に報告する重要な 話もあるし、電話しよっと。」

私:「いまどこですかぁー?」
某氏:「〇△□☆※、ホテルツインリンクのレストラン・・・・(汗)」

「えぇーっつ、遠いじゃんかぁ。飯はいいから、話だけでも報告しなくっちゃ。」と、今度は、2ストミニをブィイーンと走らせる可哀想な私。であった。 「歴史は繰り返される・・・・。」んですよ。やっぱり。

by ふりゅっげ

その節は、大変失礼いたしました。
「食事に行こう!」ってピットを出たときは、そらいろさんも一緒でしたよね?
パドックカフェからホテルのレストランへ移動するときは、「全員いる。」という固定概念に 支配されていました。(-_-;)

JACKpapaさん

簡易シャワールームでシャワー中。

ぶっ倒れたら、かなり恥ずかしいことになりそうな気がして・・・。 私は、浴びることが出来ませんでした。(-_-)

箒で排水処理をしているのは白。

これもワンオフ!

にしださんが作ったワンオフのオイルキャッチタンク。
ドレンホース付きで、溜まったオイルが簡単に抜ける構造になってます。

カーボンエアダクトはついひじさんのパーツで、ダクト自体が「ついひじさん」と 呼ばれていました。
もちろん、※※さんから貸与いただいたブレンボレーシングキャリパーも「加瀬さん」と 呼ばせていただきました。

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