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--- なぜBMWなのか ---

説明のつかない動機
1992年の春、24歳だった私は、1988年製の国産大型バイクを所有していた。 そのオートバイの速度計は、いともたやすく当時の法定速度の3倍を指した。 造りも良く故障も無かったので、2度目の車検を通した。

しかし、もっと低い速度レンジで目尻を下げてトコトコと走っても楽しめる オートバイを探し始めることになる。「トコトコ走るならツインだ!」 と短絡的に無理ヤリ結論付けた。

ドカティはトコトコ走るバイクではないし、まだハーレーには興味が無かった。 雑誌をまさぐると、BMWのR80の中古車が40〜50万円で入手出来ることを知った。 フラットツインには乗った経験があり、なんとなく感触を思い出したり、 BMWに跨る自分を想像したりする。

こんな症状が出るときは、たいてい自分の中で決心がついているものである。
よしっ、BMWに決めた!

「えっ!ビーエム買ったの?」
やはり、実車を見ないことには始まらない。ディーラーで恥ずかしい思いをしない ように、雑誌で一生懸命勉強する。ちょっとだけ緊張して、BMW正規ディーラーへ 足を運んだ。でも、その時その店にR80があったのかなかったのか解らない。 なぜなら、最初に私の目に飛び込んだR100GSパリダカールから目が離せなく なったからだ。

バフ掛けされたピカピカのリムが、かっこ良かった。バカでかいタンク も、かっこ良かった。 なにより、左右に突き出したシリンダーがとても良く似合っていた。
当時、独身で親元に居た私は、「なんとか払える!」と考えた・・・

「ビーエムを買ったんだ。」と言うと友人は「サンニーマル?」と聞き返した。それが、 わずか60馬力のOHV空冷2気筒のオートバイだと知ると、とても驚いた。

こんなはずじゃなかった!
R100GSは、路面にペイントされている速度で走っても、私を退屈させることは なかった。それは、街を走っても、山を走っても、遠くの地へツーリングに 出掛けた時も同じで、私は常にライディングを楽しむことができた。 しかし、「こんなはずじゃなかった!」と思うようになった。

トコトコ走るつもりだった。ところが、このオートバイはトコトコ走る だけでは満足しなかった。素晴らしく速いのだ!小さなコーナーの続く ワインディングロードでは仲間のスーパースポーツと同じアベレージで走り、 峠を下り民家が見えはじめる頃にはひとりだけ鼻歌を唄っていた。

”BMW恐るべし伝説”の始まりである。

認知
数台でツーリングに出掛けた。仲間のマシンに対し、 シリンダーの数は2分の1。ブレーキディスクの数は3分の1。バルブの数は 4分の1である。更に、シャフトドライブでスポークホイール、ラヂエターすら 付いていない。
皆、興味は示したが「このオートバイの後ろを走ることはなかろう。」 と思っていた。しかし、その時は意外と早く訪れた。

朝から400kmほど走り、その日のツーリングを終えようとしていた。 宿は山の中腹にあり、この峠を登りきれば到着である。

ところどころに落ち葉の残るスリッピーなコーナーをいち早く駆け抜け、 疲労とは無縁の状態でゴールしたのはR100GSである。宿のご主人に挨拶を済ませ、 みんなの荷物をパニアケースから出していると後続が現れた。 ”全員がBMWを認知した日”である。BMWは、「エンスー」でも「色もの」 でもなくなった。

私にとってのスポーツバイク
オートバイは、スーパースポーツとかアメリカンとかいわゆるジャンルがあるが、 はっきりとした定義はない。クリップオンハンドルとフルカウルが付いていれば、 スーパースポーツという訳でもない。

でも、私の中でスポーツバイクの定義はキチンと決まっている。それは ライディングすることが楽しいバイクである。これも曖昧と言えば曖昧 であるが、あくまで「自分の中」なのでOKとする。オートバイを選ぶ時、 これだけは絶対に譲れない。楽しくないオートバイには、頼まれても乗りたくない。 なぜなら、私にとってオートバイは「遊び」だからだ。

何台かでツーリングに出掛けると、必ず行われるのが「試乗会」である。 信頼できる人ならば「サイドスタンド上がっちゃうよ!」と一言掛けて送り出す。 たいていワインディングで行われるので、ウインカーの使い方まで教えない。

R100GSに「速い」とか「凄い」という評価が下されることはない。しかし、 ほとんど全員が子供のような笑顔で「オ・モ・シ・レ〜!」とこぼす。
これこそがスポーツバイクであり、この考えは今もこれからも変わらない。 付け加えると、私は全てのBMWをスポーツバイクと分類する。

シャフトってどうなんだろう?
オートバイの駆動方式には、チェーン、ベルト、シャフトがある。 それぞれ長所短所があることは今更言うまでもない。しかし、個人的にチェーン ドライブには、好きになれないところがある。油脂(潤滑油やグリス)を必要と する部品が、外気にさらされている点である。当然チェーンは汚れ、その汚れは リアホイールにまでおよぶ。チェーンやスプロケットを消耗品と考えるのも、 チョット納得がいかない。

シャフトドライブの最大の欠点は、その癖であろう。近年のBMWは、パラレバー の採用でシャフトの癖を小さくすることに成功している。とは言えゼロではない。 こればかりは、個人の感覚によるものなので、これ以上「良い」とも「悪い」 とも言えない。

少なくとも、私にとっては「シャフトの欠点」より「シャフトの恩恵」 が遥かに大きい。

修理代を払ったことがない
「BMWは丈夫だ。」と言われるが、本当だろうか?ひねくれた見方をすれば、 「BMWは比較的ベテランが乗っていて、操作が丁寧でメンテンスをキチンとして いる。だから壊れない。」とも言える。でも、はたしてそれだけだろうか?

国産車やBMW意外の外車も故障は少なくなっていて、単純に故障の頻度を比較する ことは難しい。しかし、BMWが”長期間使用されることを前提として設計” されている事は間違いない。
BMWの各レバーやペダルの支点には真鋳のブッシュが入っており、精度が良く「ガタ」 になりにくい。また、レバーやペダルを交換する何十分の一のコストでブッシュ のみを交換することが出来る。

R100GSは6年強の使用で故障は一度、納車直後に「ニュートラルスイッチから オイル漏れ」があり、もちろん無償修理。
R1100Sは2年強の使用で故障は一度、シートレール付近のコネクターが振動で揺れ コネクターに接続されていた配線が金属疲労で切れた。スピードセンサー とスピードメーターをつなぐ配線だったため、スピードメーターが動かなくなった。 切れた配線を端子に圧着して、修理完了。

私の経験では、BMWは一度も致命的な故障をしていない。修理代の支払いをしたこと が、全くないのである。 数あるオートバイメーカーの中で、「BMWは信頼性が高い」と言って問題は なかろう。ただし、BMWは適切なメンテナンスを要求する。当り前のことである。

頑固すぎるぞBMW
1923年、BMWが初めて世に送り出したオートバイがR32である。(とのことだ。) R32は、クランクシャフト縦置き+空冷水平対向2気筒エンジン+シャフトドライブ という構成だった。そう、驚くべきことに、現在と全く同じである。

BMWは、これほどまでの頑固さとともに、これでもかというほどの革新性を持っている。 二輪車用ABS、テレレバー、キャタライザーなどを他に先駆けて商品化し成功を 納めている。BMWは、”新しモノ好きの頑固ジジイ”である。

私は、”変われない腰軽ジジイ”が作るオートバイに、魅力は感じられない。 BMWは、いつでもワクワクさせ、いつでも安心させる。不思議オートバイメーカー である。

「国産車」という言葉
日本の4メーカーのオートバイを指して「国産車」というが、私はこの言葉に寂しさを 感じる。4メーカーを区別する必要がない場合に、「国産車」という言葉が使用される からである。
なんのためらいも無くハーレーダビッドソンを真似たバイク、 マニュアル化されつつあるビックネイキッドの作り方、お約束の猫目ライトとトンガリ テール、いつの間にか再開された最高速競争・・・この様な状態では、「国産車」という 言葉は、なくなりそうにない。

ホンダさんに質問!「なぜ、CBRはピポッドレスに進化し、VTRはピポッド有りに 進化したのですか?」「それは、それぞれのエンジンレイアウトに最適の・・・」となり そうだが、ユーザーはそんな難しい事より「ホンダはこれで行くぜ!」という 決意と信念を求めているように思う。

BMWの最近のマイナーチェンジを見てみると、排気量の拡大、ミッションの6速化、 リアホイールの17インチ化、と一貫性があり、大袈裟な言い方かも知れないが 「BMWはこれで行くぜ!」を感じる。

来年から登場する4ストロークGPマシンが、独自性のある魅力的な市販車を生む ための起爆剤となることを期待したい。

BMWは、BMWにしか似ていない
BMWは、高い技術力に裏付けられた先進性と独自性を持ち、他の真似をするなど 考えもせず、技術とコストの範囲内で妥協もしない。
そこで生産されるオートバイは、優れた道具であると同時に、 この上ないオモチャにもなり得る。BMWがこの方向性を変えない限り、 私は次の愛車も”駆け抜ける歓び”のラインナップから選択することになるだろう。

このページの内容は、書いた本人でさえ”かなりのBMWびいき”を感じる。 しかし、過大評価しているつもりはないし、ましてや”惚れた弱み”などというもの ではない。
しいて言えば、”感性がマッチしている”ということであろう。 誰もがBMWを同じように感じるはずもないし、感じる度合いも様々である。

私がBMWを所有してきた9年間で見た”BMW像”を、ぼんやりとでもご覧 いただけたなら幸いである。

このページは、私が2001年1月に書きました。 2002年10月にページデザインを変更しましたが、文章には手を加えていません。 BMWに対する考えが変化したら、また新しいページを書こうと思います。

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